心と體(からだ)のセンスを磨く 江村鍼灸院のブログ

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

営業時間変更とキャンペーン発動のお知らせ

営業時間の変更

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

12月1日(火)より営業時間をこれまでの11:00〜23:00から10:00〜20:00に変更いたします。

 

よろしくお願いしますm(_ _)m

 

キャンペーン発動予告

 

同じく12月1日(火)よりキャンペーンを発動します。

 

内容は平日に継続的な利用をしてくださっている方、又は利用を考えてくださっている方がお得になるようなものです。

 

詳細は↓

 

ホームページのお知らせ

お知らせ | 呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸Twitter

江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter

 

そしてこちらのブログに掲載いたします。

 

乞うご期待ください(^人^)

 

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

 

何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝


江村鍼灸院ホームページ

呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸YouTubeチャンネル

江村鍼灸院 - YouTube

 

江村鍼灸Twitter

江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter

武道の集中状態=調和融合の體現

直観力トレーニングその16

 

通常の集中状態と武道の集中状態

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

江村鍼灸院では直観力トレーニングで集中状態になれるようにします。

 

直観力トレーニングで学ぶ集中状態は、通常の集中状態とは違います。

 

ではまず集中とは何でしょうか?

 

そして集中は何のためにするのでしょうか?

 

[集中]一箇所に集めるまたは集まること。

 

集中状態は何かに意識が傾倒した状態です。

 

そして集中状態になると、高いパフォーマンスを発揮できます。

 

それは集中状態が集中するものから、多くの情報を受け取る状態になるからです。

 

その反面、集中しているもの以外の情報は遮断され、氣づきにくくなります。

 

ですので、集中していると他のことに氣が回らなくもなります。

 

例えばスポーツだとプレイに集中することで集中状態となり、敵や仲間の動き、道具やボールの動き、自分とゴールの距離感というような情報を、素早く的確にキャッチする状態になります。

 

そしてキャッチした情報を瞬時に処理することで、最善の行動を選択できます。

 

その間、プレイ以外のことはほとんど氣にならなくなります。

 

集中状態は、早く正確に情報を受け取れる状態です。

 

通常の集中というのは、スポーツならプレイへの集中のように、何かに集中している状態です。

 

直観力トレーニングで学んでもらう集中は、この何かに集中する状態とは違います。

 

では直観力トレーニングで学ぶ集中状態とはどういう状態なのでしょうか?

 

自分に向かって調和してくる

 

直観力トレーニングは武道の教えから構成しています。

 

ですので武道の教えから学ぶ、武道の本質を説明しながら、直観力トレーニングの集中状態を説明します。

 

武道の本質は活法です。

 

武道の本質を殺傷技術、殺法と考えているひとがいますが、殺法は本質ではありません。

 

殺法は結果論です。

 

それは何故、殺すのか?を考えれば分かります。

 

殺すのは自分が生き残るためです。

 

自分や仲間を生かすためです。

 

ひとは理由があれば争う生き物です。

 

たがらこそ争わない技術、争いを収める技術が武道として発展しました。

 

そのため武道における卵が先か?鶏が先か?問題は、活法、生かすための技術が先だと言うことができます。

 

武道は自分や仲間の命を先に繋げるためのものです。

 

そのため昔から受け継がれている武道の根本は護身です。

 

護身、制圧、已む無く殺傷、そういう組み立てでできています。

 

護身は争わず、衝突しません。

 

それは護身が調和だからです。

 

調和の力はひとや物と時間や場所を超えて繋がることができます。

 

調和すると流れを感じます。

 

その流れをより良い方向に導くことができるのが武道の教えです。

 

それが分かると我を抑え、全局の流れを見ることができるようになります。

 

全局の流れを見るには、自分が中心に居なければなりません。

 

そのため武道で学ぶ集中状態は、自分に集中してくる状態になります。

 

これは自分自身に集中するということではありません。

 

自分に向かって集まる状態です。

 

集まってくるのはあらゆる情報です。

 

通常の集中状態にならず、あらゆる情報が自分に流れ込んでくるのが武道の集中状態です。

 

そしてそれが調和融合の體現です。

 

これが搏闘の場合だと、通常の集中では相手を観察し相手の情報を早く正解にキャッチしようという状態です。

 

言葉にすると

『あなたは今からこうするんでしょ?』の状態です。

 

疑問系で確信ではありません。

 

武道の集中では調和するので、観察せずとも相手からの開示が起こります。

 

言葉にすると

『わたしは今からこうします』と相手が教えてくれる状態です。

 

そこには相手への敬いがあり、それが確信させてくれます。

 

そのため相手の『今から』よりも一瞬だけ『今』を早くすることで、先をとることができます。

 

格闘技の試合と違い、搏闘は一対多数、多数対多数も普通です。

 

武道の集中であれば、一対多数、多数対多数でも調和によって情報をパラレルに受け取れるので、命を繋ぐ可能性は高くなります。

 

武道の集中状態にはお腹の感覚が必要

 

わたしは武道を『先と繋がる技術』『産霊』だと学びました。

 

日常生活の中でも武道の集中は、最善の選択と行動を可能にします。

 

では実際に武道の集中状態、調和融合を體現するにはどうすれば良いのでしょうか?

 

それはお腹の感覚を手に入れることです。

 

お腹の感覚を江村鍼灸院では、ハラ、和多志などと表現しています。

 

そしてお腹の感覚を使えるように直観力トレーニングで指導しています。

 

まずはお腹の感覚を感じてください。

 

お腹の感覚は直観力トレーニングで體験、體感してもらうことができます。

 

武道の集中状態、調和融合を體現したい方は直観力トレーニングにお越しください。

 

お待ちしています。

 

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

 

何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝


江村鍼灸院ホームページ

呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸YouTubeチャンネル

江村鍼灸院 - YouTube

 

江村鍼灸Twitter

呼吸を再起動し生活を最適化する江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter

型と言葉で繋がる

セオリープラクティスその10

 

外面を表す言葉、内面を現す言葉

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

わたしたちは自分の行動を言語化することがあります。

 

行動を言語化すると行動の意味が明確になり、目的や目標が明確に認識できるからです。

 

武道でも理解を深めるため、身體動作などが言語化されています。

 

言語化されるのは動作を表す外面の部分と、見えない知を現す内面の部分です。

 

外面を表す部分は動きの目標を明確にするためです。

 

内面を現す部分は戦略と戦術を展開するためです。

 

外面を表す言葉には横突き、上段受け、猫足立ちなどがあります。

 

外面を表す言葉は、理解しやすく比較的容易に真似て行うことができます。

 

ですが内面を現す言葉は見える状態でなく、その上ほとんど知られていません。

 

そのため内面を現す言葉は、意味を理解するための手解きが必要です。

 

型の體現には言葉と手解き

 

型が體現できないのは、内面を現す言葉を知らないからです。

 

わたしたちは関係を築くために言葉を使います。

 

言葉は繋がるためにあります。

 

型は無形の存在です。

 

動作で表現するものは型ではなく、型は『有る』と言うことができる存在です。

 

わたしたちは見えない存在と繋がることができます。

 

内面を現す言葉は型と繋がり、関係を築くためのものです。

 

型は練り上げて使えるようにするものではなく、自分を変えることなく體現できるものです。

 

自分の状態は関係なく、見えない存在(型)と繋がることで、體現という形で発現します。

 

型が決められた動作以上の働きをしないのなら、それは言葉が足りていないからです。

 

江村鍼灸院のセオリープラクティスでは、内面を現す言葉の手解きによる體験を通し、型と繋がる方法を教えます。

 

型と言葉で繋がる?

 

型が存在してる?

 

そんな疑問が浮かんだ方は、わたしの常識が非常識に感じているはずです。

 

そんな非常識に興味を持った方は、疑問の答えを探しに江村鍼灸院へお越しください。

 

お待ちしています。

 

変わるきっかけは自分にとっての非常識

 

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

 

何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝


江村鍼灸院ホームページ

呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸YouTubeチャンネル

江村鍼灸院 - YouTube

 

江村鍼灸Twitter

呼吸を再起動し生活を最適化する江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter

健康の秘訣は體(からだ)が軽いと感じながら過ごすこと

調子が良い時、體(からだ)は軽い

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

わたしたちは普段、あまり自分の重さを感じていません。

 

重さを感じるのは、筋肉に重さの負荷が掛かった時です。

 

そのため、物を持てばはっきりと重さを感じます。

 

ですが、自分の體(からだ)は、筋肉で支える状態にならないと、重さを感じません。

 

例えば、腕立て伏せやスクワットの状態です。

 

體(からだ)はニュートラルポジションだと、筋肉の支えが僅かで済むので、自分の重さはあまり感じません。

 

ですが、體(からだ)がアクティブになるほど、活動強度が高くなり、自分の重さを感じます。

 

ニュートラルポジションで重さを感じてしまう時

 

アクティブではないのに、體(からだ)が重いと感じることがあります。

 

體(からだ)はアクティブな状態の時、支えるための筋力を発揮しています。

 

ニュートラルポジションではリラックスしている筋肉が、アクティブ状態だと緊張しています。

 

アクティブ状態で緊張が続くと、筋肉の張力が変化します。

 

その張力変化が均衡を崩し、姿勢に影響します。

 

ニュートラルポジションから、ギアが入ったままの状態になり、不要な筋力を発揮し続け、それが重さを感じさせます。

 

ひとは疲れと姿勢が悪くなります。

 

そして疲れると體(からだ)が重く感じます。

 

それは上記のような仕組みだからです。

 

睡眠は重さを取る

 

ひとは疲れと眠くなります。

 

睡眠は緊張を解除し、體(からだ)をニュートラルポジションに戻します。

 

目覚めて疲れが取れていれば、體(からだ)が軽いと感じます。

 

反対に疲れが取れていなければ、體(からだ)が重いと感じます。

 

睡眠は體(からだ)の重さを取ってくれます。

 

疲労の回復=體(からだ)の軽さです。

 

體(からだ)の重さは、體調のパラメータです。

 

重い状態が続くということは、疲労が蓄積しているということです。

 

それが続くと、調子は不調に傾きます。

 

そのため體(からだ)が軽いと感じながら過ごすことが、健康の秘訣です。

 

體(からだ)が軽いと感じながら日々を過ごしてください。

 

江村鍼灸院の呼吸調整は、多くの方に施術後、體(からだ)の軽さを感じていただいています。

 

體(からだ)の重さ、疲れを感じている方は、呼吸調整をお試しください。

 

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

 

何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝


江村鍼灸院ホームページ

呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸YouTubeチャンネル

江村鍼灸院 - YouTube

 

江村鍼灸Twitter

呼吸を再起動し生活を最適化する江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter

筋力の前に巧緻性と握る力

アンチエイジングと健康

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

わたしは一年間、デイサービスで介護職員として働いたことがあります。

 

デイサービスに勤めた動機は、これからの高齢化社会で自分ができること、そして自分自身も老いや衰えとどのように向き合うべきなのか?が学びたく思ったからです。

 

その職場では一般的な介助の他、運動指導員として、體操やパワーリハビリテーションも担当させてもらいました。

 

その経験のお陰で、鍼灸整骨業界で働くのとは違う観点から、多くのことをを学ぶことができました。

 

わたしはこれまでに、複数の鍼灸整骨院に勤めたことがあります。

 

鍼灸整骨院には、一時的にぎっくり腰などで立てない、歩けないというようなことはありますが、七十代や八十代の方でも、基本的に自分で立ち上がることができる方が来られます。

 

ですがデイサービスには、立ち上がりに介助が必要な方が多く来られます。

 

わたしは、自分で立ち上がるということに、鍼灸整骨院に来る方と、デイサービスに来る方で、何か大きな差があるのではないかと思いました。

 

それからはあらゆる場面で、違いは何かを考え観察するようになりました。

 

違いはどこにあるのか?

 

一番参考になったのは、パワーリハビリテーションによる観察です。

 

パワーリハビリテーションは数種類の機器を使い、立ち座りや歩くなどの、日常動作の向上や維持を図る目的で行います。

 

その中で氣になることがありました。

 

ホリゾンタルレッグプレスという機器があります。

 

ホリゾンタルレッグプレス

水平のレール上をスライドするシートに座り、両脚でフットプレートを押す動作のトレーニングが行えます。 膝や股関節を伸ばす機能に働きかけ、座る・しゃがむ・立ち上がり・立位保持・歩行等の日常生活に必要な起居移動作業が改善されます。

 

座ってのトレーニングになるため、バーベルスクワットやスミスマシンほど心拍数も上がらず、バランス感覚も必要ないので、高齢者でも安心して下半身のトレーニングができる。

という機器です。


心肺機能への負担を少なく、スクワット運動や、使い方次第でお尻や下腿も運動させることができます。

 

パワーリハビリテーションでは、高負荷をかけません。

 

ですが、中にはしっかりめの運動を希望され、自重と同じくらいの重りで、運動される方もおられました。

 

氣になったのは、その自重と同じくらいの重さで運動をされる方が、全くきつくないと言いながら(フォームも正確)、軽々と運動されるのに、立ち上がりには介助が必要だったことです。

 

立ち上がりが困難な方には、パーキンソン病や麻痺のある方もおられます。

 

ですが、そのような症状は無く、パワーリハビリテーションもこなせるのに、立ち上がりが困難な方がいます。

 

また反対に、年齢的にそういう方より上で、ホリゾンタルレッグプレスの運動も低負荷で行っているのに、普通に立ち座りのできる方もいます。

 

そういう方たちの違いを探して、わたしなりに考察したことがあります。

 

わたしのそれまでの考えは、體幹や腿を鍛えておくことが、老いや健康には必要というものでした。

 

ですが、デイサービスでの経験はその考えを大きく変えました。

 

今のわたしの考えは、老いや健康にまず必要なのは、巧緻性と握る力というものです。

 

巧緻性

手先や指先(手指)を上手に使う力のこと。 はさみきり、シールはり、ぬいさしなど、手を使ったさまざまな活動をすることで、巧緻性はトレーニングできます。 幼児は巧緻性が最も発達する時期だといわれています。

 

理由としては先ほどの、スクワット運動は鍛えられているのに、立ち上がり困難になっている方のほとんどが、巧緻性が低く、握る力が弱かったからです。

 

そしてスクワット運動などは鍛えられていないのに、巧緻性と握る力が強かった方は、立ち上がりと歩行がスムースでした。

 

筋力の前に脳の働き

 

巧緻性は脳の働きと深く関わっています。

 

筋肉がしっかりしていても、それを動かす司令塔である脳がうまく機能しないと、筋肉の力を発揮できません。

 

そして握る力は、重心の移動と深く関わっています。

 

物を掴んで引き寄せるには、重心の移動が必要です。

 

そのため握る力が弱いと、重心の移動がスムースにできません。

 

何も掴まず立ち上がる時でも、握る力による重心移動は関係しています。

 

立ち上がりによる検証 握ると重心は移動しやすくなる↓

https://youtu.be/jGt4xS3pzpQ

 

握る感覚は重心移動にとても重要です。

 

上記の理由から、わたしは巧緻性と握る力が老いと健康にとても重要だと考えています。

 

では実際に巧緻性や握る力を鍛えるにはどうすれば良いのか?

 

一番手軽で効果が高いのは、ハンドグリップではないかと考えています。

 

ハンドグリップなら、握る力はしっかり養うことができ、同時に握る練習は巧緻性にも効果が期待できると思います。

 

令和元年度、文部科学省の発表をもとにしたデータでは、

75歳以上の男性高齢者の場合をみると、自身の健康状態について、「おおいに健康」と答えた人と「あまり健康でない」と答えた人の平均握力の差は、前者が約37Kg、後者33Kgと、健康と自覚する人の方が1割ほど握力も強いようです。

75歳以上の女性高齢者の場合をみると、自身の健康状態について、「おおいに健康」と答えた人と「あまり健康でない」と答えた人の平均握力の差は、前者が約23Kg、後者が約20Kgと、健康と自覚する人の方が1割ほど握力も強いようです。

とのことらしいです。

 

體格によって数字の差はあるでしょうが、目安にしてみてください。

 

今回のブログの内容も、個人的な観察と考察ですが、興味を持っていただいた方は、アンチエイジングや健康への取り組みとして、巧緻性の向上や維持、そして握る力の強化に取り組んでみてください。

 

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

 

何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝


江村鍼灸院ホームページ

呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸YouTubeチャンネル

江村鍼灸院 - YouTube

 

江村鍼灸Twitter

呼吸を再起動し生活を最適化する江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter

氣は空想、神(shin)は創造、魔鏡に落ちかけた話

直観力トレーニングその15

 

禅、武道の修行は神(shin)に至るための行い

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

禅は神に至るための行いです。

 

これは神様になるという意味ではありません。

 

わたしたちは三宝→精、氣、神(shin)の働きを持っています。

※『三宝』體(からだ)、心、意識と深く繋がり、生命そして生活を左右する働きを持つ

 

この三宝の精と氣を神(shin)に昇華させる行いが、神に至るための行いです。

 

ではなぜ神(shin)に昇華させるのか?

 

それは神(shin)に創造する働きがあるからです。

 

創造はじん生を豊かにします。

 

その働きを使うためです。

 

神様はあらゆるものを創造したとされています。

 

そういう力が、神(shin)の働きにはあります。

 

とは言っても、突然、魔法のように何かを出すということではありません。

 

宇宙や地球の法則に則って、意を実像にするということです。

 

精や氣にも創造の働きはありますが、神(shin)の方が圧倒的に強い働きを持っています。

 

そのため、禅は精と氣を神(shin)に昇華するための行いです。

 

心地良さは持っても氣持ち良くなってはいけない

 

禅を行うには、注意することがあります。

 

それは氣持ち良くなってはいけないということです。

 

禅はリラックスして行います。

 

リラックスすると心地良さを感じます。

 

そして心地良さを持って、しばらく禅を組んでいると、氣持ち良くなってくることがあります。

 

ここでの氣持ち良さは、三宝の氣によって感じる氣持ち良さのことです。

 

氣の働きには、心と體(からだ)を高揚させる働きがあります。

 

それは氣の空想による働きです。

 

神(shin)には創造の働きがあり、氣には空想の働きがあります。

 

その空想の働きが高揚感を生み出し、氣持ちを良くします。

 

空想は横文字にするとファンタジーです。

 

ファンタジー作品を見たことはありませんか?

 

あるなら、ファンタジーで氣分が高揚した経験があるのではないでしょうか?

 

ファンタジー、空想はひとを高揚させます。

 

ですが、空想は現実ではありません。

 

非現実です。

 

空想の働きをどこまで高めても、実像にはなりません。

 

ですので、空想を現実にするため、氣を神(shin)に昇華し、創造の働きに変えます。

 

ですが、氣を昇華する行いを間違うと、氣を高める行いになります。

 

氣を高めると聞くと、良いことのように思えますが、実はそうでもありません。

 

なぜなら氣が高まると、空想の働きも高まります。

 

繰り返しになりますが、空想は高揚感を生み出し、氣持ちを良くします。

 

ですが、それは虚像が強く描かれるだけで、どこまでいっても幻です。

 

寝てる間に見る夢と変わりません。

 

良い夢を見すぎると、現実を見失うことがあります。

 

つまり、禅を組んで氣持ち良くなるのは、神に至る行いとして、間違っているということです。

 

これが氣持ち良くなってはいけない理由です。

 

心地良いと氣持ち良いは似ています。

 

そのため境目が分かりにくいです。

 

しかし、確実に見極めなければいけません。

 

禅には魔鏡に落ちるという表現があります。

 

魔鏡の誘い

 

神(shin)の創造、クリエイションとは違い、氣はあくまで空想、ファンタジーです。

 

氣の高まりは幻による高揚を強くします。


そして氣による高揚は、意識が内面に向かいます。

 

それは神(shin)で向かう方向とは反対です。

 

氣の高揚による内面へのダイブは、とても氣持ちが良いので、その感覚に魅入られてしまいます。

 

ひとは魅入られると、本来の意志を忘れた行いをしてしまいます。

 

つまり氣の高揚は、意志を薄れさせます。

 

そしてそれに魅入られると、魔鏡への誘いがはじまります。

 

現実が澱んで見える経験

 

わたしは、三年ほど立禅を行なっていたことがあります。

 

五分程度立つことからはじめ、最終的には四十分から五十分ほど行っていました。

 

リラックスを心掛けて、心地良さを感じながら行いますが、二十分も経つと辛くなってきます。

 

最初の頃は辛くなったらやめていました。

 

ですがある時、辛くなりそうなタイミングで目の前がチカチカ光り、氣持ち良さを感じる體験をしました。

 

その時は一時間を越えて、立っていたと思います。

 

とても氣持ちの良い體験でした。

 

振り返ってみると、その體験から少しずつ、立禅の目的が変わっていました。

 

あの氣持ち良さ、高揚感をどうすればまた體験できるのか?

 

それを探る行いへと変化していきました。

 

それから試行錯誤を重ね、禅を組むと、その状態に入れることが増えていきました。

 

はじめはそれが良いことだと思っていました。

 

ですが、次第におかしいと感じるようになります。

 

きっかけは自分の感情です。

 

日常的に負の感情を感じることがとても多くなったからです。

 

道で他人の行いがやたらと目につき、ちよっとしたことに禮節がないと強く感じるようになり、怒りの感情、許せないという思いが止まりませんでした。

 

それは日に日に強くなって、末期には強い殺意の塊りが心に渦巻いていました。

 

そんな心を清めようと立禅を行い、さらに悪循環を繰り返しました。

 

経緯は省きますが、寸前のところで、それが魔鏡への誘いだと氣づきました。

 

そのお陰で、それ以上は深みにはまらずすみました。

 

眩い光の中、なんとも言えない氣持ち良さを體験した後は、世の中が澱んで感じられます。

 

ひとの世に疑問を抱き、それを良くない力でねじ曲げたいと思ってしまいます。

 

もう少し遅ければわたしは魔鏡に落ち、鬼になっていたはずです。

 

鬼とはひとならざるもの、ひとの行いができない、禮を持たないものです。

 

そういうものになっていたでしょう。

 

精と氣を昇華する行いは全て禅です。

 

武道の修行も、精と氣を昇華し、神(shin)に至る行いです。

 

しかし武道も同じで、間違うと魔鏡に入ることがあります。

 

魔鏡に入りはじめると、自分は強い、自分こそ正しい、自分に逆らう者を粛清してやろうという思いが強くなります。

 

その結果、必要のない他者への威圧、威嚇、攻撃をするようになります。

 

武道を修行しているそういうひとは、鬼になりはじめているか、すでに鬼と化しているので、関わらないようにしてください。


武道の修行も神(shin)に至る行いであれば、そのような思いは湧いてきません。

 

ひとによっては、武道を修行していることすら悟らせません。

 

感情に囚われない、虚像に魅入られない、神(shin)で至る心

 

創造は事実です。

 

結果が存在します。

 

空想は虚像で感情が介入します。

 

仮に良い感情が高まっても、その裏側には同じだけの悪い感情が潜みます。

 

フィクションでもよく、愛情が悲しみ、または憎悪に変化するものがあります。

 

あれは氣の高まり→空想の働き→感情の高まりの典型的な例です。

 

感情はいつでも裏返ります。

 

そんな感情に囚われないことです。

 

感情に囚われないためには、虚像に魅入られない心が必要です。

 

わたしたちは現実を生きています。

 

その現実を豊かにするのは、空想ではなく創造です。

 

禅は空想を創造に昇華する行いです。

 

それは、じん生を創造し豊かにする行いです。

 

そして、それが神に至る行いです。

 

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

 

何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝


江村鍼灸院ホームページ

呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸YouTubeチャンネル

江村鍼灸院 - YouTube

 

江村鍼灸Twitter

呼吸を再起動し生活を最適化する江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter

試す氣持ちを捨てる

信じた行い

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

直観力トレーニングとセオリープラクティスでは、五感や身体感覚では感じられない感覚を、感じるとる練習をします。

 

そのため、わたしとのトレーニングやプラクティスではできても、ひとり稽古では再現できているのか、分からなくなることがあります。

 

そうなるとどうしても、できているのかを試して確認したくなります。

 

ですが、この『試す』氣持ちは良くありません。

 

なぜなら試すということは、信じていないということだからです。

 

何を信じていないのか?

 

信じていないのは、直観力トレーニングやセオリープラクティスで学ぶ、武道の教えや型の教えです。

 

武道の教え、型の教えは五感や身体感覚で理解できるものではありません。

 

理解するには、五感や身体感覚を超越した感覚が必要になります。

 

この感覚をわたしは、六感的物理感覚や真體感覚と表現しています。

 

どちらの感覚も、教えを體現できるまでは、感じたり理解したりできません。

 

できるまで、感覚も理解もないので、はじめは信じるしかありません。

 

そのためひとり稽古では、信じて行うことが必須です。

 

信じて行えば上達します。

 

逆に言えば、信じていないひとは上達しません。

 

これが試す氣持ちが良くない理由です。

 

レーニングやプラクティスで、これまでにやったことをできているか、検証したいというひとがいます。

 

検証するということは、信じた行いではないということです。

 

尊ぶ心が信じる氣持ちを生む

 

信じる氣持ちは尊ぶ心から生まれます。

 

ひとは形のないものでも、存在を感じます。

 

そしてそれが自分にとって大切であれば、尊重します。

 

武道の教えや型の教えも、形はありません。

 

ですが、存在しています。

 

それは圧倒的で偉大な存在です。

 

それを感じて学びたいと思うひとには、尊ぶ心が生まれます。

 

その心が信じる氣持ちに繋がります。

 

それがさらに信じた行いに繋がります。

 

武道の教えや型に対し、試す氣持ちを持ってはいけません。

 

試す氣持ちでは、信じた行いはできません。

 

試す氣持ちは欲から生まれます。

 

欲は教えや技術を使い、何かをしたいと思いを強くします。

 

その思いが強くなるほど、教えの真理は遠ざかります。

 

できているか確認したいという思いは、誰でも起こります。

 

ですが、試す氣持ちは欲の心です。

 

その心は悪鬼、業魔となり必ず禍いとなります。

 

迷った時は試す氣持ちを捨てて、信じた行いをしてください。

 

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

 

何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝


江村鍼灸院ホームページ

呼吸を再起動する鍼灸院

 

江村鍼灸YouTubeチャンネル

江村鍼灸院 - YouTube

 

江村鍼灸Twitter

呼吸を再起動し生活を最適化する江村鍼灸院 (@emurask0417) on Twitter