呼吸を再起動し生活を最適化する江村鍼灸院

このブログは健康、武道、武術、そして生活を最適化する方法について書いています。

氣は空想、神(shin)は創造、魔鏡に落ちかけた話

直観力トレーニングその15

 

禅、武道の修行は神(shin)に至るための行い

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

禅は神に至るための行いです。

 

これは神様になるという意味ではありません。

 

わたしたちは三宝→精、氣、神(shin)の働きを持っています。

※『三宝』體(からだ)、心、意識と深く繋がり、生命そして生活を左右する働きを持つ

 

この三宝の精と氣を神(shin)に昇華させる行いが、神に至るための行いです。

 

ではなぜ神(shin)に昇華させるのか?

 

それは神(shin)に創造する働きがあるからです。

 

創造はじん生を豊かにします。

 

その働きを使うためです。

 

神様はあらゆるものを創造したとされています。

 

そういう力が、神(shin)の働きにはあります。

 

とは言っても、突然、魔法のように何かを出すということではありません。

 

宇宙や地球の法則に則って、意を実像にするということです。

 

精や氣にも創造の働きはありますが、神(shin)の方が圧倒的に強い働きを持っています。

 

そのため、禅は精と氣を神(shin)に昇華するための行いです。

 

心地良さは持っても氣持ち良くなってはいけない

 

禅を行うには、注意することがあります。

 

それは氣持ち良くなってはいけないということです。

 

禅はリラックスして行います。

 

リラックスすると心地良さを感じます。

 

そして心地良さを持って、しばらく禅を組んでいると、氣持ち良くなってくることがあります。

 

ここでの氣持ち良さは、三宝の氣によって感じる氣持ち良さのことです。

 

氣の働きには、心と體(からだ)を高揚させる働きがあります。

 

それは氣の空想による働きです。

 

神(shin)には創造の働きがあり、氣には空想の働きがあります。

 

その空想の働きが高揚感を生み出し、氣持ちを良くします。

 

空想は横文字にするとファンタジーです。

 

ファンタジー作品を見たことはありませんか?

 

あるなら、ファンタジーで氣分が高揚した経験があるのではないでしょうか?

 

ファンタジー、空想はひとを高揚させます。

 

ですが、空想は現実ではありません。

 

非現実です。

 

空想の働きをどこまで高めても、実像にはなりません。

 

ですので、空想を現実にするため、氣を神(shin)に昇華し、創造の働きに変えます。

 

ですが、氣を昇華する行いを間違うと、氣を高める行いになります。

 

氣を高めると聞くと、良いことのように思えますが、実はそうでもありません。

 

なぜなら氣が高まると、空想の働きも高まります。

 

繰り返しになりますが、空想は高揚感を生み出し、氣持ちを良くします。

 

ですが、それは虚像が強く描かれるだけで、どこまでいっても幻です。

 

寝てる間に見る夢と変わりません。

 

良い夢を見すぎると、現実を見失うことがあります。

 

つまり、禅を組んで氣持ち良くなるのは、神に至る行いとして、間違っているということです。

 

これが氣持ち良くなってはいけない理由です。

 

心地良いと氣持ち良いは似ています。

 

そのため境目が分かりにくいです。

 

しかし、確実に見極めなければいけません。

 

禅には魔鏡に落ちるという表現があります。

 

魔鏡の誘い

 

神(shin)の創造、クリエイションとは違い、氣はあくまで空想、ファンタジーです。

 

氣の高まりは幻による高揚を強くします。


そして氣による高揚は、意識が内面に向かいます。

 

それは神(shin)で向かう方向とは反対です。

 

氣の高揚による内面へのダイブは、とても氣持ちが良いので、その感覚に魅入られてしまいます。

 

ひとは魅入られると、本来の意志を忘れた行いをしてしまいます。

 

つまり氣の高揚は、意志を薄れさせます。

 

そしてそれに魅入られると、魔鏡への誘いがはじまります。

 

現実が澱んで見える経験

 

わたしは、三年ほど立禅を行なっていたことがあります。

 

五分程度立つことからはじめ、最終的には四十分から五十分ほど行っていました。

 

リラックスを心掛けて、心地良さを感じながら行いますが、二十分も経つと辛くなってきます。

 

最初の頃は辛くなったらやめていました。

 

ですがある時、辛くなりそうなタイミングで目の前がチカチカ光り、氣持ち良さを感じる體験をしました。

 

その時は一時間を越えて、立っていたと思います。

 

とても氣持ちの良い體験でした。

 

振り返ってみると、その體験から少しずつ、立禅の目的が変わっていました。

 

あの氣持ち良さ、高揚感をどうすればまた體験できるのか?

 

それを探る行いへと変化していきました。

 

それから試行錯誤を重ね、禅を組むと、その状態に入れることが増えていきました。

 

はじめはそれが良いことだと思っていました。

 

ですが、次第におかしいと感じるようになります。

 

きっかけは自分の感情です。

 

日常的に負の感情を感じることがとても多くなったからです。

 

道で他人の行いがやたらと目につき、ちよっとしたことに禮節がないと強く感じるようになり、怒りの感情、許せないという思いが止まりませんでした。

 

それは日に日に強くなって、末期には強い殺意の塊りが心に渦巻いていました。

 

そんな心を清めようと立禅を行い、さらに悪循環を繰り返しました。

 

経緯は省きますが、寸前のところで、それが魔鏡への誘いだと氣づきました。

 

そのお陰で、それ以上は深みにはまらずすみました。

 

眩い光の中、なんとも言えない氣持ち良さを體験した後は、世の中が澱んで感じられます。

 

ひとの世に疑問を抱き、それを良くない力でねじ曲げたいと思ってしまいます。

 

もう少し遅ければわたしは魔鏡に落ち、鬼になっていたはずです。

 

鬼とはひとならざるもの、ひとの行いができない、禮を持たないものです。

 

そういうものになっていたでしょう。

 

精と氣を昇華する行いは全て禅です。

 

武道の修行も、精と氣を昇華し、神(shin)に至る行いです。

 

しかし武道も同じで、間違うと魔鏡に入ることがあります。

 

魔鏡に入りはじめると、自分は強い、自分こそ正しい、自分に逆らう者を粛清してやろうという思いが強くなります。

 

その結果、必要のない他者への威圧、威嚇、攻撃をするようになります。

 

武道を修行しているそういうひとは、鬼になりはじめているか、すでに鬼と化しているので、関わらないようにしてください。


武道の修行も神(shin)に至る行いであれば、そのような思いは湧いてきません。

 

ひとによっては、武道を修行していることすら悟らせません。

 

感情に囚われない、虚像に魅入られない、神(shin)で至る心

 

創造は事実です。

 

結果が存在します。

 

空想は虚像で感情が介入します。

 

仮に良い感情が高まっても、その裏側には同じだけの悪い感情が潜みます。

 

フィクションでもよく、愛情が悲しみ、または憎悪に変化するものがあります。

 

あれは氣の高まり→空想の働き→感情の高まりの典型的な例です。

 

感情はいつでも裏返ります。

 

そんな感情に囚われないことです。

 

感情に囚われないためには、虚像に魅入られない心が必要です。

 

わたしたちは現実を生きています。

 

その現実を豊かにするのは、空想ではなく創造です。

 

禅は空想を創造に昇華する行いです。

 

それは、じん生を創造し豊かにする行いです。

 

そして、それが神に至る行いです。

 

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江村拝


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試す氣持ちを捨てる

信じた行い

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

直観力トレーニングとセオリープラクティスでは、五感や身体感覚では感じられない感覚を、感じるとる練習をします。

 

そのため、わたしとのトレーニングやプラクティスではできても、ひとり稽古では再現できているのか、分からなくなることがあります。

 

そうなるとどうしても、できているのかを試して確認したくなります。

 

ですが、この『試す』氣持ちは良くありません。

 

なぜなら試すということは、信じていないということだからです。

 

何を信じていないのか?

 

信じていないのは、直観力トレーニングやセオリープラクティスで学ぶ、武道の教えや型の教えです。

 

武道の教え、型の教えは五感や身体感覚で理解できるものではありません。

 

理解するには、五感や身体感覚を超越した感覚が必要になります。

 

この感覚をわたしは、六感的物理感覚や真體感覚と表現しています。

 

どちらの感覚も、教えを體現できるまでは、感じたり理解したりできません。

 

できるまで、感覚も理解もないので、はじめは信じるしかありません。

 

そのためひとり稽古では、信じて行うことが必須です。

 

信じて行えば上達します。

 

逆に言えば、信じていないひとは上達しません。

 

これが試す氣持ちが良くない理由です。

 

レーニングやプラクティスで、これまでにやったことをできているか、検証したいというひとがいます。

 

検証するということは、信じた行いではないということです。

 

尊ぶ心が信じる氣持ちを生む

 

信じる氣持ちは尊ぶ心から生まれます。

 

ひとは形のないものでも、存在を感じます。

 

そしてそれが自分にとって大切であれば、尊重します。

 

武道の教えや型の教えも、形はありません。

 

ですが、存在しています。

 

それは圧倒的で偉大な存在です。

 

それを感じて学びたいと思うひとには、尊ぶ心が生まれます。

 

その心が信じる氣持ちに繋がります。

 

それがさらに信じた行いに繋がります。

 

武道の教えや型に対し、試す氣持ちを持ってはいけません。

 

試す氣持ちでは、信じた行いはできません。

 

試す氣持ちは欲から生まれます。

 

欲は教えや技術を使い、何かをしたいと思いを強くします。

 

その思いが強くなるほど、教えの真理は遠ざかります。

 

できているか確認したいという思いは、誰でも起こります。

 

ですが、試す氣持ちは欲の心です。

 

その心は悪鬼、業魔となり必ず禍いとなります。

 

迷った時は試す氣持ちを捨てて、信じた行いをしてください。

 

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ハラはシックスセンス

直観力トレーニングその14

 

ハラは感じるもの

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

ハラ、お腹は世界を感じとるためのものです。

 

ひとには五感があります。

 

普段は五感で世界を感じています。
 

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚で世界を感じとっています。

 

ですが時々、五感以外の感覚で何かを感じることがあります。

 

そういう時ひとは『分からないけど感じる』と言います。

 

そういう感覚を第六感、シックスセンスと表現します。

 

五感以外の何かで感じるからです。

 

五感も六感も感じる力

 

ハラは感じるところです。

 

他者の情報や俯瞰情報を感じます。

 

それは五感では表現できない感覚です。

 

ですので、ハラはシックスセンスです。

 

五感、シックスセンスは共に感じる力です。

 

超能力、神通力とは違います。

 

正しい手順を踏めば、誰でもハラで世界を感じることができます。

 

なぜなら、ハラは全てのひとに備わっていて、必ず機能させることができるからです。

 

ですが、ハラが何か?という実體がつかめないと、五感のように使うことはできません。

 

だからまずは、ハラが感じるところだと受け入れることです。

 

ハラの実體をつかむヒント

 

ハラは鍛えるところではありません。

 

わたしも間違えて鍛えた時期がありました。

 

その時期は體が悪くなって、さらにいろいろ勘違いし、成長しませんでした。

 

ハラと丹田は別物です。

 

稀に同じもの扱いされることがありますが、二つは全くの別物です。

 

ハラは感じるところ。

 

ハラはひとの感覚の中に存在します。

 

丹田は力の中心。

 

丹田はどこにでも存在します。

 

何もない空間にも存在します。

 

丹田は鍛えることができません。

 

身体感覚は五感で成り立っています。

 

ハラや丹田を、身体感覚で感じようとすればするほど、正確からは遠のきます。

 

まずは上記の、ハラは感じるところ、ハラは鍛えるところではない、ハラと丹田は別物を頭に入れてください。

 

それがハラの実體をつかむ第一歩です。

 

レーニング、プラクティス受講者の方は、ハラの概念を見直して、身体感覚で求めない稽古をしてください。

 

『直観力トレーニング、セオリープラクティスの新規受講はいつでも可能です』

 

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目的達成と行い

直観力トレーニングその13

 

行い

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

現在の行いは、未来に結果となります。

 

その現在は、過去の行いの結果です。

 

目的を達成するには、行いが大切です。

 

ですが目的に向かって行いをしているつもりでも、結果が伴わないことがあります。

 

結果が伴わないのは、現在から未来に向かう行いをしているからです。

 

それは今の過ごし方が、未来をつくるという考え方で、現在から未来を見ているということです。

 

この考え方は、普通のことだと思うのではないでしょうか?

 

ですが、この考え方では目的を達成する力は弱いです。

 

なぜ弱いのか?

 

まずは力が強くなる方法を説明します。

 

未来設定

 

ではどうすれば、目的を達成する力は強くなるのか?

 

それは、未来に向かうのではなく、未来がやってくるという考え方、未来から現在を見るという方法を行うことです。

 

未来から現在を見るというと、少し特殊に感じるかもしれません。

 

ですがゴールからの逆算という方法で、みなさんも日常的に行っています。

 

わたしたちはさまざまなことにゴールを設定し、そこから逆算した行動をとります。

 

ゴールの設定=未来の設定です。

 

つまりわたしたちは、日常であらゆることに未来を設定し、設定から逆算した行動をしています。

 

簡単なことなら食事です。

 

何を食べるか決めてから(未来設定)、それを作ったり、お店に食べに行ったりします。

 

しかし何を食べるか決めないと、未来設定できていないので、何にするのかを考えながら、買い物やお店探しをします。

 

未来設定があると、食事に向かう行いを遂行することができます。

 

未来設定がないと、まずはそこに至るまでの行いになります。

 

目的に向かって行いをしているのに、結果が伴わないひとの多くは、この状態です。

 

一見すると、目的達成に向けた行いのようですが、実は未来設定が曖昧で、未来設定をするための行いになっています。

 

定まっていないので、定めることが優先され、定まるまではいくらでも変更が起こります。

 

氣づいたら、脱線していることもあります。

 

未来に向かうというのは、自由度が高く、自由度が高いゆえに迷います。

 

目的達成の力が弱くなる理由は、自由度の高さから生まれる迷いのせいです。

 

未来に向かう→自由度が高い→迷いもでる
未来がやってくる→未来が決まっている→行いを遂行する

 

わたしたちは未来に向かってもいるし、未来がやってきてもいます。

 

違いは未来設定があるかないかです。

 

ないと向かい、あるとやってきます。

 

僅かな差ですが、この差が大きな違いになります。

 

目的を達成するひとは、未来設定ができていて、そこから逆算した行いができるひとです。

 

行いの結果が伴わないと感じているのなら、未来設定を確認してください。

 

そして未来から現在を観察し、必要な行いをしてください。

 

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型は型の流れで行う

セオリープラクティスその10

 

流れの感覚と運動の感覚

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

型は普遍です。

 

普遍ということは誰にでも同じであり、個性で型の本質は変わらないということです。

 

個性には性別、年齢、體格差、體力などがありますが、それらは基本的に関係ないということです。

 

特に體力に至っては、他者より劣っていても構いません。

 

なぜなら、型は完成しているものだからです。

 

普遍ということは完成しているということ

 

もし型が未完成なものなら、普遍ではないということになります。

 

普遍である以上は『完成しているもの』ということになります。

 

完成しているので、個性は要素としてプラスされるものになります。

 

マイナスの条件にはなりません。

 

もし、體力がないから、體ができていないから、型の技が再現できないと思っている(あるいは言われている)のなら、それは型の再現ではなく、運動だからです。

 

武術ではなく體育だからです。

 

運動、體育は個性が影響します。

 

體力が大きな違いになります。

 

しかし型は、體力に関係なく技の再現ができます。

 

それが型、そして武術の普遍だからです。

 

『流れ』

 

型は流れを捉えます。

 

そして流れを教えてくれます。

 

その流れが技を體現します。

 

ですので、型の技は流れの感覚で再現できます。

 

運動の感覚では再現できません。

 

なぜなら、流れの感覚と運動の感覚が違うからです。

 

型の稽古は、流れの感覚と運動の感覚を明確に区別できなければ、正しく行うことはできません。

 

型の技が再現できない方は、運動の感覚で行っていませんか?

 

江村鍼灸院のセオリープラクティスでは、流れの感覚を體験し、自由な體現ができるようにします。

 

型の流れの感覚を體験、體現したい方は、セオリープラクティスにお越しください。

 

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新型感染症対策による営業変更点と予約のキャンセルについて

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

変更点

 

『営業開始時間10時→11時に変更』

出勤時間をずらすためです。

 

『1日の対応数を3名様まで』

接触数を減らすためと、自身のコンディションを保つためです。

 

『前の方の来院から1時間以上の間隔をとる』

充分な換氣などを行うためです。

 

『予約受付は2日前まで』

対応数や間隔取りを徹底するため、当日、前日の予約はお断りしています。

 

新型感染症対策として、上記を行なっております。

 

いつまでこの対策が続くか分かりませんが、通常営業に戻った場合、又は対策方針が変わった場合は、ホームページのお知らせに記載いたします。

 

予約のキャンセルについて

 

予約のキャンセルは、来院予定日の1週間前までです。

 

希望の日時でお取りいただいた予約を、1週間以内にキャンセルされた場合、今後のサポートは終了させていただく方針です(>人<;)

 

ただし、突発的な要因(自然災害や事故など)によるキャンセルと、希望の予約が取れず、こちらの都合で取っていただいた予約のキャンセルは、1週間以内のキャンセルでも、継続サポートさせていただきます。

 

※江村鍼灸院サポーター(年会員)の方は、いつでもキャンセル可能です。

 

江村鍼灸院はひとり営業のため、予約を取っていただいた時間は他の方をお断りすることになります。

 

そのため1週間以内の予約キャンセルは、穴があくだけではなく、2重3重の損失となることもあり、重なれば継続が難しくなります。

 

そういう状況を避けたい思いから、予約のキャンセルは1週間前までとさせていただいております。

 

何卒ご理解ください。

 

※1週間以内のキャンセルがありそうな場合は、事前にご相談ください。

 

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江村拝


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目的を達成する心の在り方

直観力トレーニングその12

 

まずは死んだものと思う

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

目的を達成する心の在り方は『自分は死んだものと思う』ことです。
 

『死ぬ氣でやる』

 

『必死になる』

 

ということではありません。

 

死んだものとは、リビングデッドになるということです。

 

リビングデッドの心

 

リビングデッドは『死たいのまま蘇った者』です。

 

リビングデッドには、記憶や意識がありません。

 

そして『心ここに在らず』の状態です。

 

ではリビングデッドの心はどこにあるのか?

 

それは結果です。


 リビングデッドの行動はシンプルです。

 

生きたにんげんに襲い掛かり、そして食べる。

 

それだけです。

 

その結果に心があります。

 

リビングデッドは結果に心があるので、今に冷めています。

 

そして、結果に向けた行動を確実に遂行します。

 

必死に逃げようとする、抵抗しようとするひとたちをお構いなしに襲い、餌食にします。

 

必死さには、熱さがあります。

 

それは肉體的、精神的な熱さです。

 

しかし熱さがあるということは、今に燃えているということです。

 

心が今を捉えているということです。

 

心が今にあるひとは、これからどうするかを考えることができます。

 

考えることができるということは、迷うこともできるということです。

 

ですが、心が結果にあると迷いません。

 

今が幻のようにさえ感じ、行動は猛進となります。

 

目的を達成するのに、やる氣や必死さは重要ではありません。

 

結果を思うことです。

 

それがリビングデッドの心です。

 

心が最初で全て

 

心は肉體や意識に縛られません。

 

果てしなく自由です。

 

目的を達成するのに重要なのは、心です。

 

心を知り、心を働かせることです。

 

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