武道の叡知を学び體現する@江村鍼灸院のブログ

このブログは武道から学んだわたしの哲学を書いています。

口傳は武道からの贈りもの

言葉の體驗

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

言葉は意識に作用します。

 

そして言葉は體驗することでより強く意識に作用します。

 

武道は動きよりも言葉で傳える部分の方が多いです。

 

それは肉體よりも、意識の在り方が大切だということを教えています。

 

わたしたちは動きよりも前に意識を捉えています。

 

ですが、動きよりも意識は捉えにくいものです。

 

そんな意識を捉えやすくするものが言葉です。

 

言葉の體驗を武道では口傳と呼びます。

 

口傳で意識の在り方を知ったら、手解きでその意識を捉えます。

 

それが武道の上達システムです。

 

上達のはじまりは、師を通して武道から贈られる言葉を受け止めることです。

 

受け止めるというのは、理解するということではありません。

 

わたしはセオリープラクティスの講座を通して、さまざまな言葉を贈ります。

 

それは武道からの贈りものです。

 

その言葉を、最初はただ受け止めてくれれば良いんです。

 

それで確実に上達します。

 

ですが理解しようとするひとはダメです。

 

理解しようとする行為は、武道からの贈りものを受け取ろうとしていないということです。

 

それが分からないひとは上達できません。

 

まずは自分の世界観を置いて行くことです。

 

それができれば、武道からの贈りもの受け止めることができます。

 

Don't try to understand.
Just receive it!

 

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何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝

 

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意志の外側に術(わざ)はある

動作が変化しても規格は変えない

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

今回は型の形化の話です。

 

型を形化していくためのポイントは、姿勢や動作の規格を変えないことです。

 

規格が変わらなければ、姿勢や動作が変化するのは構いません。

 

突きの動作が肩口を突いても、鳩尾を突いても構いません。

 

拳の動作を開手に変えても構いません。

 

猫足のバランスが6:4でも9:1でも構いません。

 

そこに大きな差はありません。

 

もし決まった姿勢や動作でしか成立しないなら、そもそも形化もできないことになってしまいます。

 

大切なのは姿勢や動作の規格を変えないことです。

 

姿勢や動作を寸分違わず真似ても、規格が違えば別ものです。

 

反対に違う姿勢や動作に見えても規格が同じなら、同じものです。

 

型はわたしたちから形を生み出します。

 

そして形は規格が守られた個々のものです。

 

型の規格を守り、自由に型を體現できる状態が形です。

 

型の規格

 

型の規格が守られている時、わたしたちは型の中にいます。

 

そのため型を感じることができます。

 

型の規格が守られている=型を感じている

 

型はわたしたちの外側にあり、わたしたちを動かし結びつけます。

 

ゆっくり動く稽古

 

型の稽古ではゆっくり動く稽古を行うことがあります。

 

それは型を感じるためです。

 

型を行う時の動きには二種類あります。

 

意志による身體操作か、意志の外側にある流動を型の動作によって感じとり、流動によって動かされる結果的身體操作です。

 

身體操作はいくら繰り返しても、身體操作の領域を出ることはできません。

 

流動による結果的身體操作は意志による行動を解き放つことができます。

 

身體操作は技の領域で、結果的身體操作は術(わざ)の領域です。

 

姿勢や動作が変化しても型の流動の中にいれば、型の規格は変わりません。

 

規格が守られている時、わたしたちは身體操作を超越し術(わざ)の領域に踏み込めます。

 

その領域に踏み込むには、意志と肉體の世界観を抜け出し、その外側の世界を認識することです。

 

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何かのお役に立てれば幸いです。

 

江村拝

 

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消毒と手洗いのお願いと生理的に無理だと思ってたことぶっちゃけます

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

来院時のお願い

 

ご来院時には、手指の消毒または手洗いにご協力ください(^人^)

 

当院ではハンドサニターを置いています。

 

しっかり根元まで押さえ込み一回分の消毒液を噴射して手指の消毒をしてください。

 

押さえ込みが浅く噴射量が減ると効果が半減しますので、しっかり一回分を噴射してください。

 

手荒れなどで消毒液が使用できない場合は手洗いをお願いします。

 

トイレを利用された際には、お手数ですが必ず消臭スプレー(除菌効果があるため)の使用と、ハンドソープで手首までの手洗いをお願いします。

 

ぶっちゃけますと…

 

トイレ使用後に手洗いをされない方は、わたしの感覚で生理的に無理なんですm(_ _)m

 

手洗いをしない、または指先しか洗わない、このような方には正直「まじか〜(^_^;)」と思っています。

 

これまではお声掛けすることはありませんでしたが、今は心底「あ〜もう駄目だな_:(´ཀ`」 ∠):」となっておりますので、今後はお声掛けさせていただきます。

 

わたしの感覚を押しつけますが、トイレ使用後の手洗いはしっかりと必ず行ってください(>人<;)

 

それでも改善されないようでしたら、申し訳ございませんが今後のご予約はお断りさせていただきます(T-T)

 

お付き合いを終了させていただきたいほど、わたしにとってこれは繊細でとても根深い問題です。

 

駅などの公共の場でトイレ後に手洗いをしないひとを見ると心底氣持ち悪いです囧rz

 

いや〜もう本当に…本当にね…我慢してたんですけどね…

 

これ以上は耐えられそうになかったので、ぶっちゃけることにしました。

 

ご理解いただけることを祈っています( ;∀;)

料金システム変更のお知らせ

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

4月より料金システムの変更と値上げを実施いたします。

 

2月よりサブスクリプションサービスの内容も一部変更いたします。

 

内容や理由は直接お尋ねください(^人^)

 

値上げによって継続利用が難しくなる方もおられると思いますが、何卒ご容赦ください。

武道によくあるやらせ、怪しいに飛び込むひとを待ってます!

お腹の概念

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

お腹に集中する エネルギーの流れをコントロールする @江村鍼灸院/セオリープラクティス - YouTube

 

お腹を見る 目線とエネルギーの関係 @江村鍼灸院/セオリープラクティス - YouTube

 

お腹はエネルギーを感じるところです。

 

これはわたしが武道を通して学んだ概念です。

 

武道が教えてくれるお腹の概念は普遍的です。

 

そのため誰でも再現できます。

 

動画を見てやっていることが分かるひとは、すでにお腹の概念を持っているひとです。

 

動画を見てやっていることが分からないひとは、概念を體感することで理への扉が開きます。

 

概念が無いものにわたしたちはインチキだと感じる

 

お腹の概念が無いひとには、動画でやっていることは「やらせ」に見えます。

 

動画を見て「やらせ」や「怪しさ」を感じたひとは、江村鍼灸院のセオリープラクティスに来ることで新しい扉が開きます。

 

江村鍼灸院のセオリープラクティスでは、インチキかもしれないものに飛び込むひとを待っています。

 

動画を見て「やらせ」や「怪しさ」を感じたけど、インチキがどうかを確かめてみたいと思ったひとは、熱いうちにセオリープラクティスにお越しください。

 

その熱さは必ずあなたの新しい熱量になります。

ひょっこりと拳聖になろう!

拳聖=奥義を極めたひと=0になったひと

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

武道は生を先に繋げる教えです。

 

その教えは安全と危険を明確にし、最適な行動を可能にします。

 

教えを行いにするのが、術(すべ)である武術です。

 

武術は闘争、殺し合いの中で発展し、もともとは武器術です。

 

武器術である理由は、素手より武器の方が圧倒的に殺傷力、破壊力が高いからです。

 

殺傷、破壊が前提の技術なので、身に迫る危険は死が前提となります。

 

そのため武道の教えと武術を理解するには、死について知る必要があります。

 

死とは何か?

 

死とは0になることです。

 

死が有る状態は生が無い状態です。

 

無いというのは0だということです。

 

つまり死を知るには0を知ることです。

 

わたしたちは有るか無いかの二極の世界にいます。

 

その世界の中で、有るを強く感じて生きています。

 

有るものが無くなっていれば氣づきますが、はじめから無ければそもそも認識できません。

 

そのため無いより有るを基準に生きています。

 

0を知っていく

 

わたしたちは経験を積む事で成長、上達します。

 

経験はひとつ、ふたつと積み重ねるものです。

 

武術も例外ではなく、経験を積む事で上達します。

 

しかし、どれだけ稽古を重ねても、死は経験できません。

 

死は積み重ねるものでは無いからです。

 

死にかけた事、臨死體験をした事のあるひとはいますが、生きているひとで死を経験したひとはいません。

 

ですので、生きているひとから死んだ経験を聞くことはできません。

 

わたしたちは死を體験しても、経験したとは言えず、死の経験を共有することはできないのです。

 

わたしたちは経験したことがない事に不安を感じます。

 

それは期待によるワクワク感かもしれないし、恐怖によるハラハラ感かもしれません。

 

死は一度しか體験できず、さらに感覚を共有することもできないので、わたしたちは死に対して不安、恐怖を強く感じます。

 

死を知らないと恐怖に支配され、いくら稽古を積んでもただの行き当たりばったりになってしまいます。

 

死を感じる

 

行き当たりばったりにならないためには、死を知り恐怖を越えることです。

 

死は経験できませんが、察知することはできます。

 

経験の積み重ねは脳や體に蓄積され、同じ、または似ているに反応します。

 

経験の無いことにはその反応が無いため、別のものが反応します。

 

それは心の働きです。

 

心が反応して察知します。

 

わたしたちは死を脳や體で感じるのではなく、心で感じています。

 

ではどんな場合に心は死を感じるのか?

 

それは『限りなく0に近いの状態』を感じた瞬間です。

 

まず「死んでいる」は0の状態です。

 

次に「生きている」は0.0…1だとしても絶対に0以上です。

 

死の淵にいても生きていれば0ではありません。

 

生と死は0以上か0なのです。

 

そして生きているから、死んでいるに変わる境目の瞬間も限りなく0です。

 

なぜなら生と死は刹那的に切り替わるからです。

 

そのため生死の境目は限りなく0に近い状態であり、それを感じた瞬間が、死を感じた瞬間です。

 

武術の稽古には限りなく0に近い状態を感じる方法が存在します。

 

空手ではそれが分解組手の中に存在しています。

 

お互いに決まった動作の中で、生死の境目を體感することができます。

 

わたしたちは脳や體で感じる以外のことは、心で感じています。

 

死、無、0を感じる、限りなく0に近い状態を感じるのは心です。

 

心という表現に曖昧さを感じるひとはいるでしょう。

 

ですので、まずは心を明確なものにしなければいけません。

 

そして心は明確なものであり、武道の教えは心を明確なものにしてくれます。

 

空手の型は何のためにあるのか?

 

それは心を明確にするためのものです。

 

型そして分解組手は、心とは何か?も教えてくれます。

 

そして心を通し、死、無、0を教えてくれます。

 

それらの教えはわたしたちに0の視点を持たせ、刹那の見極めを可能にしてくれます。

 

奥義を極めたひと

 

武道には奥義というものがあります。

 

そして奥義とは0になることです。

 

奥義を極めるには0に近づくことです。

 

積み重ねでは0に近づくことはできません。

 

0に近づくには、手放すことです。

 

手放すことは失うことではありません。

 

有るもの、無いものを解放するということです。

 

拳聖、奥義を極めたひととは、手放して0になったひとのことです。

 

空手の型、分解組手は手放すことを教えています。

 

そのことが分かれば拳聖は修行年数に関係なく、ひょっこりと現れます。

 

型、分解組手から手放すことを学んでください。

 

そして、ひょっこりと拳聖になりましょう!

 

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江村拝

 

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分解組手で體感するもの

分解組手の上達システム

 

こんにちは(^^)江村鍼灸院の江村です。

 

空手では上達のために分解組手というものを行います。

 

分解組手とは術(わざ)を掛けることができるようになるための稽古です。

 

ですが、分解組手はただ行っても真の上達には結びつきません。

 

それはつまり、分解組手には真の上達のための押さえるべきポイントがあるということです。

 

分解組手で術を成功させる方法は大きく分けて三つあります。

 

それは↓

①身体操作

②物理法則のコントロール

③意識操作

の三つです。

 

この三つのうち①はひたらすら反復練習すれば分解組手が上手くなる可能性はあります。

 

ですが分解組手は上手くなっても、搏闘戦で使えるかどうかは分かりません。

 

身体操作による術の成功には、出力感覚(身体感覚)があり、できた、できていないという感覚があります。

 

多くのひとがこの『できたの感覚』を、分解組手で押さえるポイントだと勘違いしています。

 

この出力感覚は自分の調子や相手(體格や状態)によって変化します。

 

そのため術の成否も自分と相手によって相対的になるということです。

 

それでは分解組手の稽古としては0点です。

 

分解組手の稽古では成功も失敗も含めて絶対でなければいけません。

 

つまり絶対的稽古であることが分解組手には求められます。

 

では絶対的な稽古になるポイントとは何なのか?

 

それは自分が『術を掛けられた感覚』です。

 

分解組手をはじめて習う時は必ず、先生や兄弟子(上級者)に術を掛けてもらい、手解きを受けます。

 

この時に術を掛けられるので、必ず『術を掛けられた感覚』を知ることになります。

 

次に自分も掛け手となり、術の再現を目指します。

 

身体操作による再現はなかなか成功しません。

 

ですが真の上達システムには、すぐに術を再現する方法があります。

 

それは『術を掛けられた感覚』受け手にも感じさせることです。

 

それはできる感覚を手放すことです。

 

術を掛けられても、先生や兄弟子が持っている術を掛ける感覚は分かりません。

 

そのためその感覚でできるようになろうとしても、本当の術の感覚を知ることはできません。

 

でももうすでに本当の術の感覚は知っています。

 

それが手解きによって学んだ『術を掛けられた感覚』です。

 

自分の感覚を手放して『術を掛けられた感覚』を、相手に傳えればそれで再現することができます。

 

言っていることが分かり難いひとは、目隠し傳導感覚ゲームをイメージしてみてください。

 

『術を掛けられた感覚』は目隠し感覚傳導ゲームに似ています。

 

目隠し感覚傳導ゲームとは?

 

このゲームで用意するものは⑴傳導者、⑵プレイヤー(回答者)、⑶コップ、⑷コップに収まる何かを数種類の四点です。

 

まずは傳導者という役があり、その役をやるひとが数種類の何かを用意します。

 

用意するものはコップに入れば何でも構いません。

 

今回は分かりやすく水とマヨネーズの二つにしましょう。

 

次にプレイヤー(回答者)という役があり、プレイヤーは目隠しをし、コップを持ちます。

 

これで準備はオッケーです。

 

傳導者は用意した数種類の中から何かを選択し、最初のプレイヤーのコップに入れます。

 

今回は水を入れましょう。

 

水を入れられたプレイヤーはその感覚を覚えます。

 

覚えたらコップと目隠しを取ってもらい、自分も目隠ししている次のプレイヤー(回答者)のコップに自分が入れられたと感じたものを入れます。

 

この時はじめて、ひとり目のプレイヤーは用意されているものに何があるのかを知ります。

 

今回は水だったので、水をプレイヤー全員が傳えることができれば、プレイヤー側の勝利となります。

 

できなければ傳導者の勝利、というゲームです。

 

このゲームと分解組手に共通するのは、自分が感じた感覚が答えであるということです。

 

コップに入るのが水とマヨネーズでは感覚が違います。

 

その感覚を覚えて次のひとにも感じさせる。

 

コップに水が入る時、その感覚を覚えるためその瞬間は我が消えて、自分を手放しています。

 

可能な限り我を薄め、自分を手放せることが真実を見極めるコツです。

 

分解組手ではコップに水が入る瞬間が「術を掛けられた感覚」であり、それを傳えるのが術を再現するための答えです。

 

これが分解組手で體感するものです。

 

そうやって分解組手の術が再現できたのなら、結果的に②物理法則のコントロールや③意識操作によって行われた術になっています。

 

なぜなら、この瞬間は自分を手放し捨て身になっているからです。

 

そのため身体操作をする意思を持つことができません。

 

ここでよく言われることがあります。

 

「でも身体操作してないと動けないですよね?」

 

その質問には、

 

自分を手放す(捨て身になる)→結果的物理法則のコントロール&意識操作による術の再現=物理法則や意識操作による結果的真體操作が起こる

 

というのが答えになります。

 

分解組手で體感するものまとめ

①我を薄め、術を掛けられた感覚を覚える

②自分を手放し捨て身になり、術を掛けられた感覚を受け手に傳える

③結果的真體操作を感じる

④できた!の感覚(達成感)がないことを知る

⑤それがあたりまえだと理解していく

 

追伸

先生や兄弟子から受ける手解きがそもそも間違っている場合は当然ですが、術を再現することはできません(>人<;)

 

まずは良き師と出会えますよう(^人^)

 

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